昭和56年7月28日 朝のご理解 入力者松本正宏
御理解第三十三節 「お供え物とおかげは、つきものではないぞ」
信心が成長すると。信心が育っていくという事はどういう事かと言うと、信心の力が育っていく事だと思うね。色んな詳しい事が分かるのではなくて、信心のいうなら力が育っていく。同時におかげもまたそれに伴うて行くと言う。ですから、確かにお供え物とおかげはつき物ではないけれども、段々お育てを頂いて力がつくに従って、大きなお供えも御用も出来るようになるということは信心のお育てを頂いておるということになるのです。ね。百円のお供えの出来た人が、千円のおかげを頂けれるようになった。五百円のお供えが出来るようになったら、五千円のおかげが頂けれるようになった。一万円のお供えが出来るようになったら、十万円のおかげが頂けれるようになったと育っていかなければならない。お供えとおかげは交換ではない。あれが沢山お供えをしたから、ね、おかげを沢山頂こうというのではない。信心が育ってそうさせてもらわねばおられん。そうせずにはおられんという信心の情熱がね、神様を動かすのである。信心が育っていくのです。お互いの信心が育つという事がこれはやはりおかげも育つという事である。勿論力も育って行くと言うことである。だからお供えも育っていかなければ可笑しいということになります。
沢山お供えをすりゃ沢山おかげが受けられるという事ではない。けれども沢山のお供えが出来るように力を頂くからいよいよ力は育っていく事になる。お道の信心はやっぱり一つのこれは建前ですからね。ですから、ここだけを聞きますとはあ、金光様の信心ちや、お供えせんでんおかげ頂くばいのと、なるほど頂くところではありません。ね。けれども信心が育つ、二三日前に、(?)方で、原田菊枝さんという方がもうここ二ヶ月くらい毎日電話をかけてみえる。お話をしましたね。初めの間は、どげん忙しゅう方か知らんけれども時には参ってくれば良かとこにという思いを電話を頂きながら、しかも色々御届けをなさいますから思いよりましたけれども、ところが段々原田菊枝さんが電話をかけてきなさらんと寂しいくらいに思いになった。その頃から色々とお夢を頂いて、お知らせを頂かれるようになった。そのお知らせも本当にそのご理解をそのままそれこそ、ここにはお参りもしてこん、お話を頂いておらんけれどもやはり、はあそうでしょうと分かるようなお知らせを頂かれるようになった。私は、その話を皆さんに聞いて頂いたその日からお供えが出来るようになられた。不思議な事ですね。いわゆる神様がお育て下さる。また自分も育とうと意欲しておられる。もうとにかく、この朝の目覚ましを頂いたことが有り難いといったような信心に変わっていかれた。ね。これはほんなもう、電話一本でおかげを頂いて、お供えもなからなければ、いうならお参りをしなくてもおかげを頂く。
ね。けれどもそこに、やはり神様が育てて下さろうとする働きと、こちらが育とうとする願いが一つになって、信心が育ってくる。ね。勿論皆さんが、はあ金光様のご信心ちゃとにかくまあいうならば、幾ら幾ら収めなければ信心が出来んと、まあいうならば真心さえあれば、ね、庭のちり葉でもとこう仰る。ね。だから結局、真心が問われるわけですけれども、ね、まあ、こんな宗教は少ないですね。何とはなしにそこに、まあ、入会費とか、いわゆる色んななんちいうですか、寄進勧化といったようなものが必ずあるのですけれども、教祖金光大神はこの寄進勧化はしてはならんと、取次者に厳しく言っておられる。けれども、氏子が真から用いるのは神のひれいと仰る。神様のいうなら、神様のお徳によってということでしょう。御徳の現れだから、また、そのお徳をいよいよ現していくことの為に、氏子が真から用いるのはと、まあ、言うておられますようにです、私共も出来るだけ、お育て頂く為には、ね、やはり、願いをかけなければなりません。今は出来ません。けれどもゆくゆくは大きな御用の一つでも頂かせてもらえるように、お繰り合わせを願わなければいけん。
ね。やっぱ、子供の時からそういう一つの私も今、一つの夢ですけれども、昨日研修の時にお話した事ですが、親教会の総代をしておられた、久保山という当時まあ三井郡切っての大金持ちさんでしたが、大変おかげを頂かれた。無い命を助けて頂くというおかげを頂かれて金光教に帰依して、久留米の教会と、善導寺の三井教会の両方の総代をなさるようになった。私はその、久保山さんは存じませんけれども、その、お婆ちゃんと言うのが、当時椛目にも参ってきておりましたから、知っておりますが、善導寺のいわゆる三井教会にお参りさせてもらうと、おばあちゃんとこう合います。合ますとね、いつもお賽銭はもう、こう、一握りでした。その自分は一銭銅貨とか二銭銅貨でした。恐らく銅貨の全部をジャラジャラジャラとお賽銭箱に入れよんなさるとばみてから、はあ、私もあげなお供えばしたいなあと子供の時に思いよりました。勿論、お初穂はその時分の金で一円でした。ね。まあ、私共の、何か御願いがしてお供えをするちいや、何か十銭くらいなものでしたけれどもです、ね、もう本当にそういう、お供えがあの、平気であり難く出来るというようなおかげを頂きたい。これは私は子供の時から思うて段々長ずるに従って、御大祭何かの時に、善導寺では二十五台のお三宝があります。あれを、一人でお供えするようなおかげを頂きたいなあとこれは、しきりに思いました。ところがおかげで、段々できるようになりました。願いがいわば成就。いやその時分に思うておったぐらいな事ではないおかげも頂けれるようになりました。ね。ですから、成る程金光様のご信心はお供えとおかげはというてお供えはせんで良いというてあるのじゃない。お育てを頂くとか力を受けるということは、お育てを頂くに従って、力が出来る。いうなら、百円のお供えが千円にも育っていくというようにです、それが、あり難く出来るでしたら有り難いでしょうが。今まで千円しか儲からんじゃったのが一万儲かるようになるのじゃから。
その一万の儲かりの中から千円くらいのお供えくらいなら、いうならあり難く出来るはずだから、そういうお育てが頂けれることをやはり願いとしたね、信心それがね、まあいうならば、神の手にも足にもならせて下さいというような高度な信心ということではないでしょうかね。
どうぞ